昭和43年04月02日 夜の御理解
久留米の初代が言うておられます様に、「信心辛抱さえしておれば、物事整わん事ない」とおっ者る。確かにあの信心が、出来る出来ないは別として、その矢張り細々でも続けられておれば、確かにおかげを頂く。と思いますね。もう金光様のご信心すりゃもう、確かに是は絶対のもの。だから問題はその、できるできないは別として、おかげは頂くと。けどもその、それ迄の、結局信心が大事にされて参りませんと。
その間が唯、有難く過ごすか、術ない術ないで過ごすか、ありますからね、そこんところを、あの頂いて行かなきゃいけない。これはもう必ず「金光様」とこう唱えさして貰えれるだけの信心であってもね。信心がそれが10年20年、又30年40年とこう続いて、続いておればも確かに、何とはなしにおかげ頂いて行くですね。言うならこの信心辛抱に梅の花が、その咲く様に必ずそれが咲いた所に。
うぐいすが来て止まる様に、その辛抱しておる間が、私は問題だと思うですね。お互いが喜びの生活がさして貰たい。本当にお徳を受けたいと思うなら、ここの辛抱しておる所を折角ならば。只辛抱しておる泣き泣き辛抱しておるのじゃなくてですね。しるしいしるしいで辛抱しておるのじゃなくてですたい。其処ん所を信心生活が本当に出来なきゃならない。同時に梅の花が咲いたもう是は頼まんでも所謂。
うぐいすが来て止まるのだと言う事。けれどもその後なんです。何時迄もそのうぐいすが来て止まって、ホウホケキョウを言っておる訳じゃない。花が散るうぐいすも去る。そこからが又大事なんです。そしてそれが梅の花が散って今度は梅の実になり。それが梅干ともならして貰う、そこまで行かなければ実は、本当の事じゃない。梅干と言や是はもう何時までで置いても悪くならない、言うならお徳の事です。
それがお徳にならんで、ただ梅の花が、あだ花に終わったり、又はその実は実ったけれども、それを梅干にせんでしもうたり、すれば是は又元の所へ戻らなきゃならん。私今日、先程ここへ出る前に、この頃から、定男さんがああして、おかげを頂いて結婚をさして貰ましたが、ほんとにあの結婚の事も、おかげ万事万端におかげを頂いたが、その後にあの、麻生さんが、あん時の写真を承っておりましたが。
綺麗なアルバムを作ってですね、もうほんとに見事に、あの結婚の記念アルバムを作ってお供えしておられますが、それを見せて頂いてから、おかげを受けておるなぁと思うんですね。それでその後私行ってもみませんし、聞きもしませんもんですから、まあ家族の者に「どげな風にしよるじゃろうか定男さん達は、具合良う行きよるじゃろうか」と言うて尋ねたら、もう代わり代わるに、あの妹達や母達が申しますんですよ。
もう承知のように、あちらの母親があんなに、体が弱くて言うなら、家のお掃除もよう出来ん位で御座いますけれども。もう嫁御が来てからきちっと、もう来た明くる日から、もうねぎだれを綺麗におそうじして取って。何時も表は綺麗に掃いて水がまいてあって、ちょっと下駄箱でも綺麗に掃除して、お花どんが活けてあるっちゅう訳なんです。そしてほんとに定男さんを大事にしてですね。
お母さんを大事にして、是はまあその程度の事では御座いましょうけれども、何とはなしに幸せな風を聞かせて貰って、ほんとに有難いな。やっぱあちらどんが、もう矢張り何十年かの信心をしておりますけれども。ほんとにあの、何とはなしに矢張りおかげを受けた。それなりに。もう定男さんが勤めから帰って来ると、ちゃんとお風呂が沸いておって、ご飯が出来ておって。
そしてお風呂から上がると湯上りやらちゃんと出してやってですね。本当にあの定男さん達なら定男さん達なりに、矢張りおかげを受けて行きよる。又母親ももう自分の娘よりも気兼ねがない。あれがもう、ちんちいやあかんちゅうごと、その例えばしとりますとですね。矢張りあの、中々気を使うのですけれども、その点非常にまあ言うなら、田中の嫁には丁度良い気を使わんで済むだけでも。
おかげ頂いとると言うて先程、話し聞かせて頂きましてですね。確かにあの信心辛抱さえしとりゃ、物事がそうして整うて行くわけなんです。けれどもその整うただけ、いや言うならば丁度梅の花が咲いて、そしてうぐいすが来て止まっておる様な物じゃなかろうか、とこう思う。そら藪梅であっても藪うぐいすであっても、ほんとにそこに何とはなしにまあそうした、田中の家の幸せをそこに感ずるんですけれども。
さあ是から一つうぐいすが去って、又は梅の花が散ってからの信心を、大事にしなきゃならんのですよね。そこんところを矢張りあのシソと馴染んでと言う様にその、紫蘇と言や、もう一生懸命死ぬか生きるかと言った様な事もあるけれども。そのシソを大事にして、その梅の実と、付き合わせて行くと、そこに梅干の実が頂かれる。今日、久留米の石井さんが、此の頃の敬親会におかげ頂いたけど。
親先生のお目に掛れなかったから、何かあの心が落ち着かん。と今日も又お参りしてみえました。もうあちら辺りがもうほんとにあの、久留米の浮世小路ですか。あの辺におられて、あの始めてここに御神縁を頂かれた頃の、からもう大変なおかげを頂いて。次々と、ああした日章ゴムと言った様な、立派なお店を持たして貰える様におかげを頂いて、もうほんとに我が世の春を、まあ言うくらいに。
そのおかげ頂いて、もうほんとにおかげ頂いて来たんですね。幾人もの兄弟達の結婚の事から、自分達弟達のこと、子供達も次々とおかげ頂いて行くこと。 ほんとにこのまま行くならもう、素晴らしかと言うほどおかげを頂いて来た。ところが今度は次々病人ができる。次々と難儀な事が起こって来る。と言う様なところを丁度これは、定男さんの所じゃないですけれども。
信心辛抱されておってから、あちらももう長い信心をしておられるんですね、大分、宮崎ですかね。宮崎時代からずっと、日田にもおられた。その時代から信心がやっぱりあの、続いておる訳ですが。ああしたおかげを受けられた。ところがその梅の花が咲いて、うぐいすが来て止まって、今丁度梅の花が散っておる様な所じゃなかろうか、と私は思うんです。だからここんところを一つ大事にせにゃいけんよ。
まあそう言う様な、家内がああして、まあ難渋な病気をしておるもう婆ちゃんも、もう楽隠居と言う所から、もう孫の守から、家事万端を切り盛りせなきゃならん様な所へ、あの一番長男の方が、帰ってみえて、それこそまあ言う、この辺の言葉で言うなら、すてんぽてんで帰ってみえて、どうにもこうにもできない。それを昨日、まあ帰させる時に「もう私は、昨日、みつおを送り出した時にです、もうみつおさん。
私が死んだっちゃ帰って来んでん良か。あんたどんが、どうやらこうやら、ご飯でん頂けるごとなった、家内でも持って、又所帯でも持ったいうごとなったら、帰って来てくれんのじゃけれども、それまでは、決して帰って来ちゃ出来んばい」ちゅう。「もう私が死んだと聞いても、帰って来てくれちゃいけんよ」と言うて励ましてから、出したもんの、さあそれからの心配っち言うそれが親心ですよね
。もう帰っちゃ出来んぞ、ともう勘当同様に言うたけれども、さあその後が心配で心配でたまらん。「ほんとにお取次ぎを頂いてまた、お願いさして貰わにゃ」と言うてあの事この事、きよしの事又は誠之助の事ね孫達の事。それぞれまあお願いをされてお届けをされますから、今の又その事を申しましたんですけれどもね。丁度梅の花が咲いて、花が散ってそして、ほんとにこげなおかげ頂いて良かろうか、と言った様に、うぐいすの花が、うぐいすが来て止まったと言う時には有難かったろが。
だからここんところを大事にしなければならん。ここの梅干を一つ作って行かなきゃ。「それが先生、私はここ2、3日続けてお夢を頂きます」ちゅうた。それがですね、あの私がもうたくさんの古い蚊帳を、綺麗な所だけを取ってね。その蚊帳を作っておる。それがもう綺麗に出来あがったから、ひこうと思た所が、上に赤いきれを付けますね。あそこが付いてない。紐が付いてない。
「はあこれは赤いきれで紐を付けにゃ、ひかれんてい」という所で目が覚めた。蚊帳の中に入ってないから今はもう、それこそわずらわしいまでに様々な問題が蚊や、蚊に刺されとる様にある。けれどもこの赤いと言う所が、是は信心の熱情をもう一遍、石井さんが燃やさにゃいかんとこですよ。継ぎ手作って是を引かせて頂く頃には、おかげが頂けるだろう。次のには先生あのあの小さい四角い井戸が御座います。
その四角い井戸にね、もうヒシャクで汲まれるごと水が下から湧いて来よる。中に玉子がこう、こうやって入っておるんです。手でこう掴まれる様な所に玉子が入っておる。と言う様なお夢でした。はあもうほんとにお徳を頂いて、それこそもう手掴みでお水が頂けれる様な、言うなら、手が届く様な所まで来とるのだから、さあここでじゃあ、玉子どん食べて元気出して信心せよって言いなさっとるとですよ、ち言うた。
言うて私は申しました。元気がなかったら、玉子などでもすすってから元気出さんの、と言った様な事を申しますでしょう。もうここが一番大事な所。次にはですね、もう大きな壷に梅干がいっぱい、もうひたひた、そのあれが入って、梅酢が入ってですね、そのまだ使ってしまっておらんけども、使っておるところを頂いた。もうどれを頂いても、是は私が今あなたに言うた事じゃろうが。
この梅干の徳になるまでは、辛抱さして貰なさい。神様はもうそこに水が来る様に、おかげ下さっておるのであるから、ここにもういっちょ元気を絞って、「玉子でも食べてから、さあ元気出せ」と言うておられるその神の声を聞く様な思いで、辛抱さして頂かにゃいけませんね、って言うてまあ、話した事ですけれどもです。あれ是をこうやって、考えさして貰うと確かに、信心辛抱さえしとれば物事は整う。
けれどもお徳になるとは仰ってない。だから信心辛抱が梅の、梅干的な徳になる所に迄は、その辛抱さして頂いておる時期を、ほんとに、お徳の受けられるような信心。そこに、日頃の教えをしっかり頂いて、どういう難儀な中にあっても、それを元気な心で、喜びいっぱいで、家族円満に、家族が勢を揃えて信心さして頂く辛抱さして頂いてこそです。始めてそれが梅の花にもなるだろう。
そして花が散って、またうぐいすが来て止まって、それがうぐいすが去り梅の花が散っても、その信心が私は、梅干の徳になる様なおかげ。是は信心さして頂く者の一つの過程なんです。必ずそうなんだ。うんだから、只信心辛抱しておって、うぐいすが来て止まるのを待つと言うだけではなくてです。その間にその本気での信心が、なされておかなきゃならんのじゃなかろうか、と私は思うんですね。
どうぞ。